学校の働き方改革に挑む!ななつめのやつはしのプロフィール【気付き編】

こんにちは、僕の名前はななつめのやつはしと言います。

「学校の5S」という独自の考えを基に学校の働き方改革に取り組んでいます。

今回は、僕の生い立ちと、働き方改革に取り組むようになった経緯をお話しします。

はじめに

僕には「教員の長時間労働を解消したい」という、それはそれは強い思いがあります。

学校で働く全ての先生が快適で健康的に過ごせる環境を整えるべきだと考えています。そういう環境があって初めて子ども達に良い教育ができると思うからです。

そのため去年から勤務校で「学校の5S」を実践しています。簡単に説明すると学校のお片付けです。職場を綺麗にして職員室のレイアウト変更をすることで生産性が上がるのではないかという仮説を検証しています。(他にもう1つ仮説があるのですが、今は秘密にしておきます。)

お片付けと言うと身の回りのものをちゃっちゃとしまうくらいの感覚を想像しがちですが、それはちょっと違います。僕が考える学校のお片づけとは、

学校内の全ての物と個数を調べ、いらないものを超大量に捨てる

というものです。

今年は約3t断捨離しました。

3000㎏です。

4ヶ月で50項目以上改善し、効率化に成功しました。

あだ名が断捨離王子になりました。

ななつめのやつはしの経歴

こんなクレイジーな僕ですが、初めから片付けをしていたわけではありません。どうしてこういう発想に至ったのか、順を追ってお話しします。

大学時代

大学は芸術系の大学に進学しました。パソコンで音楽や映像を作っていました。卒業製作展では、立体物へのプロジェクションマッピング作品で金賞をとりました。チームラボみたいなやつですね。

就職先を紹介してもらおうと意気揚々とサポートセンターに向かうと、

「あなたの学部の就職先は…無いですね^^」

と笑顔で言われたので通信で教員を目指すことにしました。

通信学部生時代

スタバと学童を掛け持ちしながら勉強をしていました。フリーターです。

単元の最後に近くの大学で小論文のテストを受けます。小論文が苦手だった僕は、毎回800字の小論文を8本書いて試験前に全部丸暗記するという、逆にお前頭いいだろ方式で乗り切っていました。

教育実習は最高の思い出になりました。毎日、朝の会で今ハマっている事を1つずつ披露したり、手作りの教材を使った授業をしたりして全力で取り組みました。

最後のスピーチで「みんなと会うのもこれで…」と言った瞬間、涙が溢れてきて1分くらい話せませんでした。みんな泣いてくれました。担任の先生がクラス目標の「超熱血!5年1組36」の36を二重線で消して37にしてくださった瞬間また泣きました。その時、これは天職だなと思いました。

講師1年目(部活大好き!ブラック小学校編)

通信大学を卒業した後、1校目に赴任します。目指していた学校の先生になることができました。

赴任初日「もしかして…ななつめくん?」と声を掛ける先生がいました。友達のお母さんでした。こんなことあるんですね!と話しながら学年発表を待ちます。見事同じ学年になりました。ここから1年間息子のように扱ってもらい、教育のイロハを教えてもらうことになります。

赴任校はとても落ち着いており、若手が多く、小学校部活動も盛んでした。サッカーやバスケはいつも上位まで勝ち進むような強豪校でした。僕は経験はありませんでしたがサッカー部の顧問の5番手になり、他の先生と大声で選手に指示をしていました。今考えると熱血指導でした。しかし気持ちに体がついて行かず、すぐに左足を捻挫してしまう鈍臭さを見せます。

部活がある日は6時間目が終わってすぐグラウンドに行って準備をしました。パス練習やランニングなどに付き合って、毎日18時半まで部活を行いました。暗くなったら校舎内の電気を全部点けて蛍光色のボールを使って大ゲームをしました。18時半から片付けを始め、最後にサッカー部の1日の振り返りをし、19時ごろからやっと明日の準備をし出すというサイクルでした。

帰りは21時や22時になるのが当たり前でしたが、若手とワイワイやっていたので全く苦ではありませんでした。むしろ「憧れの先生達と一生懸命仕事をしている」という充実感でいっぱいでした。

土日は仕事が捗るボーナスタイムだと考えていたので、もちろん出勤していました。全てのノートに目を通し、子どもが書いた文章には必ずコメントしていました。

教師1年目の日々は駆け抜けるように過ぎていきました。

授業を教えるために毎時間板書案を書いて、指導法が分からなければ帰りに書店に寄って何冊か本を買い、読み込んでいました。そのためクラス運営は非常にうまく行き、教育実習の時のような超熱血のクラスを作ることができました。その時のクラスの子とは6年間手紙のやり取りをしています。

講師2年目(究極の働き方!ホワイト小学校編)

2校目に赴任しました。

この学校で僕はごくごく当たり前のあることに気付かされるのです…。

今度の学校は前任校と何もかも違いました。まず

職員が2倍いる!

超困難校だったため、教員がなんと通常の2倍いたのです。1人の先生が授業をしている間、もう1人の先生はテストの採点や校務分掌をするという斬新な働き方をしていました。

憩が取れる!

小学校教員は休憩が取れないことで有名ですが、この学校では休憩が取れました。仕事が少ない時期は休憩時間に体育館でフットサルをすることもありました。教頭が参加したこともありました。

時で帰れる!

超スピードで仕事が片付くので、ほぼみんな5時には帰っていました。6時過ぎには全員退勤できるように管理職から声を掛けられていました。

前任校で月60時間以上残業していた僕は、頭の後ろをハンマーでガツンと叩かれたような気持ちでした。恥ずかしながら僕はこの時まで休憩時間の存在すら知らなかったのです。

「ワークシェアをし、休憩を取り、定時で帰る。」

これが公務員の当たり前の働き方だと気付きました。

 

それからは勤務時間や休憩時間を意識して仕事をするようになります。タスクに優先順位をつけて、今すぐにやらなくていいものは明日に回すなど、管理を始めたのです。

効率を求めることで、非効率なものが目につくようになりました。

それがぐちゃぐちゃの教材室準備室でした。

準備室には、算数教材、生活科教材、図工の材料、地図、マグネットシート、机などが適当に詰め込んでありました。使いたい時に30秒で探せないと準備室のものは使わないだろうという理論の基、夏休みのプチ改革が始まりました。

30秒で探せるようにするためにはまず、全体量を減らす必要があります。職員作業を設定してもらい、皆で断捨離をしました。

 

次に分類です。算数のもの、生活科のもの、図工のものをきっちり分けて収納します。入り口に立った時に全てのものが見えている状態にしました。

 

最後にラベリングです。細々したものは棚の引き出しに仕舞います。中身は全て写真に撮り、ラミネートして引き出しひとつひとつに貼りました。

夏休みが明け、職員が使い始めると「使いやすい・探しやすい・戻しやすい・数がわかりやすい」など、いい事しかありませんでした。

 

「だったら学校全体を片付けて職場をもっと働きやすくしたいぞ!」

 

こうして僕は、働き方改革を進めていくことにしたのです。【行動編】に続く〜

2 Comments

福澤英里

昨夜、ご一緒させていただいた中日新聞の福澤です。先生、おもしろい!今後ともウォッチさせてください!

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