評価するなら知っておくべき「特別の教科 道徳」の方向性

大東文化大学の准教授、渡辺雅之さんに道徳教育の方向性についての話をお聞きする機会がありました。講義自体がとっても道徳的だったので、みんなに共有したいと思います!

はじめに

先日、シリアで武装勢力に拘束されたジャーナリストの安田純平さんが3年ぶりに解放されました。1人の命が助かって本当に良かったですよね。

でもネットの反応は違いました。

「安田さんがシリアに入国したのは自己責任だ」

とするバッシングがあり、炎上したのです。

顔の見えないネットの意見です。様々な意見があるのもわかります。

 

でも…

もしクラスの子どもが同じような意見を言っていたら?

もし職場の同僚が同じような意見を言っていたら?

もし家族の誰かが同じような意見を言っていたら?

 

あなたならこの問題をどのように捉えますか?

 

 

道徳って何だろう?

日々道徳を教えている小学校の先生の中にもボンヤリとしたイメージの人がいるかもしれません。

道徳とは = 事なる他者と共に生きる術です。

そのために学び、見る力、リテラシー、騙されない知性を獲得することこそ道徳教育の原点なのです。

 

ここで道徳の有名な教材である「橋の上のオオカミ」の話が出てきました。

《あらすじ》

一人しか渡れない一本橋。

 

オオカミがそこを渡っていると、小さなウサギが向こうから来ました。

「戻れ、戻れ!オレが先に渡るんだっ!」オオカミは怖い声で言いました。

「えへん、えへん!」オオカミは、このイジワルがとても面白くなり、

狐と出会っても、狸と出会っても、「戻れ、戻れ!」と追い返します。

 

しかしある日、橋の上で、大きくて強そうなクマと出会ったオオカミは、
イジワルをされると思い、あわてて 「私がもどります・・・」 と言いました。

 

しかしクマは、「 ほら、こうすればいいのさ 」 と言ってオオカミを抱き上げ、
ストンと後ろに下ろしてやりました。

 

オオカミは、去っていくクマの後ろ姿をいつまでも見送りましたー・・。

 

次の日、オオカミは橋の上でまた小さなウサギに会いました。

あわてて引き返そうとするウサギを、オオカミはやさしく呼び止め、

ウサギを抱き上げ、後ろにそっと下ろしてやりました。

 

オオカミは、前よりずっといい気持ちでした

この話を授業で取り扱うと必ず、

「友達には優しくする」だとか「意地悪をしない」

という意見になります。

 

それ自体はとても良いことです。しかし、もう一度道徳の本質に立ち返ってみましょう。

道徳とは = 事なる他者と共に生きる術です。

実際のところ、意地悪なオオカミはそんなにコロっと変わりません。

本当に大切なことは「意地悪なオオカミ」であることを踏まえた上で解決策を考えることです。

 

講義では「協力して橋架けりゃよくね?」という意見もありになっていて面白かったです。

 

道徳が「特別の教科 道徳」になったワケ

道徳科は極めて政治的な流れの中で推進されてきました。

遡ること約70年前、1950年代に公民的資質を養うものとして数多くの教育関係者の反対を押し切る形で「道徳の時間」が設置されました。

それから50年近く様々な実践を通して人間性の涵養を目指しましていましたが、2006年、ターニングポイントを迎えます。第一次安倍政権時に起きた教育基本法の「改正」です。

 

改正で特に重要なのは以下の箇所です。

  • 「…我が国と郷土を愛する」という愛国心条項が盛り込まれました。
  • 「真理と平和を希求し」は「真理と正義を希求し」に変わりました。
  • 「教育行政は、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」は無くなり「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」となりました。

つまり、教育は国と協力して、真理と正義を希求し行われるべきであると変わったんです。この、国が言う「正義」というやつが厄介で、その時の「正義」を経済発展だったり戦争だったりとコロコロ変えることができます。

総理大臣や情勢によって教育の目的が変わってしまったら怖いですね。

それでも計画は進みます。

2013年に教育再生実行会議が設置され、「いじめ問題への対応について」の中で道徳の教科科が目標に掲げられました。2年後の2015年に学習指導要領で「道徳科」という名称が決定します。さらに今年、満を持して「特別の教科 道徳」が全国の小学校でスタートしたのです。

 

このように「特別の教科 道徳」は、いじめ問題を改善するという表の顔をしてやって来て、その裏には国と協力して、真理と正義を希求する子どもを育てるという政治思想も含まれているのです。

 

道徳教育の問題点って?

道徳教育の1番の問題点は、子供のために道徳をやりましょうというのが現場の声発信ではなく、上から降りてきたもの」であることです。これ自体にどうこういうつもりはありませんが、そういう構造になっているのです。

学習指導要領を見てみましょう。

理科は化学や生物学等、算数は代数学や幾何学等を基にしています。これまで人類が発見して来たことを簡単にして子どもたちに教えましょう!ということです。

では道徳なら哲学や倫理学をもとにして組み立てられていると思いますよね。しかし、そういったワードは学習指導要領に一切出てきません。頼りになるのは教科書だけですが、その教科書には文部科学省の考えがギュッと詰まっています。

試しに道徳の教科書の挿絵を見ると、家族のイラストは皆「お母さんはエプロンを着て、お父さんはソファーに座り新聞を読んでいる」のです。こうした家庭のイラストはあっても構いませんが、教科書を見ると見事にこの図式しかありません。

最近は、母子家庭の子も多いです。多様性を受け入れさせたいのならば、挿絵にも母子家庭や国際結婚の家庭なども盛り込むべきです。現代の家庭環境から乖離していると思わざるを得ません。

子供から切り離された道徳にだけはならないようにしたいですね。

 

どんな子どもを育てるか

国は、政治思想が色濃く反映された道徳の教科書を作りました。

真面目な先生が真面目に教えると「諦めずに努力し続けることは素晴らしい」とか「どんな時でも約束は守ることが善だ」という意見に自然と誘導されてしまう危険性があります。

また、現代におけるLGBTなどのセクシャルマイノリティや複雑な家庭環境などを暗に否定する内容になっていることも知っておかなければなりません。

画一的な考えを押し付けるのではなく、自分で感じ、自分で考え、自分の言葉で語れる子どもを育てることが一番大切なのではないでしょうか。

講義では以下の動画が2つ流されました。

 

もっと自由に

もっと自分を

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