私はトイレかもしれない

「先生トイレ」

教師であれば誰もが言われた経験があるのではないか。また、小学生時代言った記憶がある人も少なくないだろう。無論、これは「トイレに行きたい」という意味である。この発言に対し、一般的には「先生トイレに行ってもいいですか、と言いなさい」と教えるのが正しいとされている。私も何度もこのような指導をしている。

それでも男子たちは「先生トイレ」をやめない。

こちらは丁寧に正しい言葉使いまで教えているにもかかわらず、「先生トイレ」を連発する。彼らはなぜ普通に「先生、トイレに行ってもいいですか」と言えないのだろうか。

 

いや…何かがおかしい…

 

もし

言えないのではなく、言わないのだとしたら?

もし

こちらの返答が、彼らの望むレベルに達していないのだとしたら?

そんな風に考えたら、急に怖くなった。無意味に同じ問いを繰り返す必要は無い。何度も同じ問いをするのは、単に私が力不足だからだ。

確かにIPPONグランプリでも、一本が取れるまで同じお題が繰り返し出される。観客や審査員が笑える答えを出してもいないのに、お題を変えてくださいと言うことが果たして教師のあるべき姿であろうか。

試されている。奴等は愉しんでいる。

「クソッ…男子から…IPPON獲りたい…」

私の胸の奥にふつふつと湧く何かを感じた。

挑戦状1

授業中、ある男子が突然叫んだ。

「先生トイレ!」

(来た。焦ってはいけない。あれを、あれを使うのだ)

「先生はトイレではありません。」

これは古より教師界に伝わる模範解答である。

「先生トイレ」が「先生トイレに行ってもいいですか」の略であることを知りつつも、そこをあえてそのままの意味で捉え「先生は人間であってトイレではないよ」と真面目に言っているのがこの返しの面白さである。

実際、子どもに大ウケで、若手やベテランなど誰が使っても爆笑をかっさらえる万能の返しである。この返しができればとりあえず『ユーモアA』という評価になる。

しかし男子は攻撃の手を緩めない。繰り返し放たれる「先生トイレ」。これは『先生、それは誰かの考えたギャグでしょ。あなたのアイデンティティはどこにあるんですか?』というメッセージだと推察できる。何か別の返しを考える必要がある。

挑戦状2

「先生トイレ!」

(落ち着け、勝算はある。少し捻って考えるんだ)

「そうだよね。先生って陶器でできてるもんね。この耳のとこがレバーなんだ。ってバカモーン!

どうだろうか。この面白さが果たして子供に伝わるであろうか。いわゆるノリツッコミである。ノリツッコミがウケるためには、発言者がわざとボケたことを教室内の児童全員が共有している必要がある。国語の話す聞くが◯の子どもたちがどこまで理解できるだろうか。

そもそもこれではトイレではなく便器ではないか。「先生便器!」と言われればこの回答で良いが、もしもそんなことを言われれば、その時こそ強く叱ってやらなければなるまい。

下手すると便器先生というあだ名をつけられていじられるかもしれない。IPPONを取るためにはリスクも必要だが、笑いの分からない子どもも多くいる。伝わらない子も含めると評価は「ユーモアB」止まりであろう。

挑戦状3

「先生トイレ!」

(ここはもう全力でボケる以外に勝ち目は無い)

「そう、私はトイレ。よくぞ気付いた。

何?どこのトイレですかだと?えーとあれだ、デパートとかの綺麗なトイレだ。

誰だ!今、キモイと言った奴は!出てこい、流すぞ。

何?コンビニトイレの『いつも綺麗に使って頂いてありがとうございます』が押しつけがましい?

それは知らん。とにかく、私は綺麗な…あっトイレね。行って来てください。」

もう完全に子どもたちを地球に残し銀河へとすっ飛んで行くタイプのボケである。ボケていることに気持ちよくなってきて、前半に話したことは忘れてしまっている。

ここまで来ると否定するよりも受け入れてしまったほうが楽だと分かる。汚いより綺麗でいたい、もっと綺麗になりたいという欲まで出てくる。思春期のトイレの赤裸々な想いを展開したくなる。(思春期のトイレってなんだ)

子どもたちからの評価は「ユーモアC」だろう。独りよがり感が強いが、先生だって人間だ。都会の喧騒を離れ、羽を伸ばしたくなる時もある。

しかしクラス全員で共有してこその笑いではなかったのか。教師として、トイレ伝道師として、大爆笑のIPPONを目指すべきだ。

挑戦状4

「先生トイレ!」

(トイレの神よ。今こそ私に乗り移らん)

「先生はトイレです。みんなが和式を使ってくれません。

トイレです。友達の家のトイレのレバーが紐を引っ張るタイプのやつでした。

トイレです。トイレ掃除の時、アイツがいると思うと怖くて扉を開けらんとです。

トイレです。ウンコが臭すぎます!」

ひろし風にトイレあるあるを言ってからのウンコで子ども達を笑いの渦に突き落とす。「先生がウンコって言った」というところに価値があるギャグである。結局最後は、シンプルにパワーワードに頼ってしまう。

先生がウンコと言うことを憚られるかもしれないが、勇気を出して一歩踏み出せば、そこにはアナザーワールドが広がっている。子供たちは、先生がウンコと言ってくれた。ウンコと言ってくれてむしろありがとうと感じるはずである。

そしてこう呟く。

「こりゃあIPPON獲られましたわ」

爽やかな笑いが教室中を包む。窓からは日差しが差し込み、カーテンはそっと揺れている。私は教室を見渡す。皆がスローに見える。手で口を押さえこっそり笑う学級委員。抱き合って笑う女子たち。椅子からずり落ちて笑う男子。蛍光灯から落ちる埃はキラキラと光り、壁の習字はパタパタと唄う。入浴剤がコポコポと溶け出すように、トイレからじんわりと幸せが溶け出し広がってゆく。「ユーモアS!ユーモアS!」皆が私を胴上げする。平和な世界だけが、ただそこにあった。

 

今年の夏は酷暑と言われています。先日は40℃近くになりました。熱中症にならぬよう、こまめに水分を摂って夏を乗り切りましょう。皆様、ご自愛ください。

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