小学校の先生、それは日本でも指折りの忙しい職業だ。
かくいう僕もジェットコースターに乗りながらメールの返信をするような日々を過ごした。
1年目の4月。赴任してすぐに任された仕事は紙ファイルの留め具取りだった。
それまで先生という仕事に漠然とした期待を持っていた僕にとって、「こんなこともやるのか」と内心驚いていた。
もちろんそれはジェットコースターでいう上りの段階。
日にちが経つにつれてクラスのことや学校のことなどに追われていくようになる。
始業式のスタートを切れば止まれない。1年間は乱高下を繰り返しながら走り抜けるのだ。
もちろん経験する学年を重ねるごとに少しは慣れていったものの、毎年出会う様々な事例への対応に奔走していた。
「先生!〇〇ちゃんが、また鼻血出しました!」
「教科書を間違って全部捨ててしまいました。」
「学校の勉強をするのって無駄じゃないですか?」
次から次へと発生するタスクに対応するのは容易ではなかった。
たった7年間の教員経験だけれど、その中で培ってきたノウハウもある。
それはトラブルを未然に防ぐための様々な配慮だ。
様々な学校の子どもたちの反応を見ているうちに、「これ言わない方がいいヤツだな」といった琴線が異様に発達していった。
映画のスパイが部屋に入って1歩目で立ち止まり、ゆっくりと目線をずらすと赤外線が張り巡らされてるヤツ。
第六感が働く。そんな感じだった。(なんの映画だっけ)
そんなことを思い出していると、自分の経験をまとめておきたくなった。
せっかくまとめるなら本屋に行っても買えないような、マニアックでくすりと笑えるものがいい。
そこで、子どもがモメそうな先生の発言をまとめた「それ絶対モメるじゃん大辞典」を作ることにしたというわけだ。
子どもたちがどのように反応しモメていくのかを具体的に想像して、トラブルを未然に防ごう。今年新任になった、どこかの誰かに届けば嬉しい。
では、楽しんでいってみよう!
『あ』 遊ぶときのルールは1つ!みんなで仲良くすること!
なんだかキラキラした初任の先生がいいそうなセリフ。多分僕もこんなようなことを言っていた。
このセリフを聞くと子どもは「イエエェェーーーーイ!!!!!!」となり、フロアの盛り上がりは最高潮となる。
そして次の瞬間、それぞれの頭に(ん?ルールがないのにどうやって遊ぶんだ?)という疑問が浮かぶ。
始めは何となくそれなりに過ごすのだけど次第に飽きてきて、男子が己のアイデンティティを示し始めるようになる。
そこからケンカやトラブルに発展する。
「お楽しみ会の目的は1つ!それは楽しむことっ!!」のようなものも同じ類いだと思う。
確かにそれができるクラスもたくさんある。しかし、先生と子どもの関係が築けてなくて、クラスが育ってないとただの同時多発事故現場と化すので注意。
遊ぶときのルールはできるだけ明確にしてあげて、全員で共通理解しよう。
『い』 椅子取りゲームで座れなかった人はそこで終わりです
お楽しみ会でやりたい遊びランキングで常に上位にあがるものがある。それが椅子取りゲームだ。
音楽が鳴っている間は椅子の周りを歩き、音楽が止まったら椅子に座るというシンプルなルールで、誰でもできるのが人気の所以だろう。9個の牌を10人で取り合うからスリリングで面白いのだ。
そんなこのゲームにも弱点がある。それは、「座れなかった人がやることがなくなる」という点だ。
やり方次第で何とでもなるが、一番ベーシックなのは、あぶれた人は椅子を外に出して座り手拍子をして待つ方法だろう。
ただ座って応援することが難しい子もいる。(主に男子)子どもたちが求めているものはスリルなのだから。
そんなとき、先生が「えーっと時間がないのであと5回だけやります。座れなかった人はそこで終わりです。」と突然の宣言をしたとする。何が起きるだろうか?
子どもの脳内に「スワレナカッタラオワリ」という文字がループされ、マリオでいう残り時間がなくなる感覚に陥る。
焦りから、できもしないのにBダッシュで適当にジャンプした挙句、なんの罪もないクリボーに体当たりしたりする。
子どもは真剣なので、椅子取りゲームでもこれと同じ現象が起きてトラブルを招く。(主に男子)
「あと5回できるよ!座れなくてもその後に応援ができるから頑張ろうね!」とポジティブに伝えよう。
『う』 運動会のチームはクラスの半分が紅、もう半分が白になります
スタンダードな運動会では、紅白に分かれてその勝敗を決める。
では、紅白はどのように決めているのかというと、クラス数が偶数なら単純に半分にしている。例えば、全学年2クラスなら1組が紅、2組が白といった具合だ。
問題なのは3クラスだった場合。
クラスを真ん中でぶった切って、クラス内を紅と白に分けるしかない。こうなると運動会を通じてクラスを団結させることは難しくなる。
紅白どちらが勝っても一方は負けてしまうからだ。
そんな状態で、「うちのチーム勝ったから楽しかった〜!」と誰かが本音を口ずさんだとする。すると0.5秒で女子の耳に入り、「は?ウザっ。」となる。
これだけで無事トラブルは成立する。
クラスを半分にしてチーム分けをする際は、それによって起こるであろう現象を事前に話しておくようにしよう。
『え』 遠足の班を決めるので好きな人同士で5人組を作ってください
学生経験がある人ならわかるだろうが、この言葉を教師から聞くのは軽い恐怖すら感じる。もちろん子どもからしても死活問題だ。
「絶対にあの子と一緒じゃなきゃ嫌だ」
「他のメンバーの班になったら遠足がつまらなくなる」
と考えてしまう。
いざスタートの火蓋が切って落とされると、まずは仲良いもの同士でガッチリ組み合う。久しぶりに会った友人と再会でもしたかのように肩を組み、手を取り合って喜ぶ。
そしてここから壮絶な旅が始まる。
3人と3人…ほなダメかあ。
4人と4人…こんなんなんぼあってもいいもんではないですからね。
2人と2人…おしいけど違うかあ。
形の合わないテトリスをはめるような作業が続く。そうしている間に周りはどんどん決まっていき、結局残ったグループ同士で譲歩しあうことになる。
ここではじめてグループを解体するのだけれど、その際にモメるのだ。
絶対に譲ろうとしない者、自暴自棄になる者、泣き出す者…楽しい遠足にしたいので、これだけは避けたい。
グループ決めをするときは、事前に趣旨を伝え、教師側である程度決めておくのもいいかもしれない。
『お』 大当たりは1つしかないよ
人間とは、結局は動物なのだろう。何か1つのものを奪い合うのが好きだ。
それが「折り紙で作ったサイコロ」みたいな一見ショボいものでも、いとも簡単にパンデミックが起こる。
「今からじゃんけん大会をします。景品はいくつかあるけど、大当たりは1つしかないよ。」
こんな風にアナウンスした瞬間、なぜか子どもたちの中で「ただの紙で作ったサイコロ」の価値が跳ね上がり、「絶対に欲しい!!!」となるらしい。(そこが面白くもあるのだけど。)
そして、大抵の場合イカサマが行われる。
あいこと負けは座るように、と伝えても座らない。時間差で出す。出した後にこっそり変える。何でもあり。
それでいて「イエエエーーーイ!!」と喜べているから幸せだ。
教師目線で見ていると、そういう子はすぐにわかる。わかるけど数回は泳がせる。
チャンピオンにならない程度の段階で「〇〇君惜しかったねー!」と声をかけると、ペタッと座ってくれる。
この絶妙なタイミングを逃すとモメる可能性が高くなる。
早すぎると、「ちゃんと出したわ!」となってモメるし、遅すぎると周りの子どもたちから「〇〇ちゃんが後で変えてましたー」となってモメる。ただじゃんけんをするだけでも脳みそフル回転で考えなければならないのだ。
以上から、大当たりは作らないのがベターだろう。みんなが楽しめるだけの数の景品を用意してあげよう。
子どもと一緒に過ごすのはとっても楽しいことだけれど、それが30人も40人もいるとまた違った配慮も必要になってくる。それには技術や経験も必要だ。
どれだけ手立てを講じてもうまくいかないこともある。
隣のクラスの先生のようにはできないことも多い。
でも一番は、先生も楽しむこと。先生が笑っていれば大抵のことはうまくいく。
楽しくやるにはどうすればいいかを考えて日々を過ごそう。人生はトライアンドエラーの連続だ。
そんな繰り返しでなーんか疲れたら、この『それ絶対モメるじゃん大辞典』を見て、へへへと笑ってみてほしい。
頭の中をさっぱりさせて、「ボチボチ仕事でもしますかあ〜」と思ってくれれば嬉しい。それだけ!
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